Report6.石橋駅前の歴史を学ぼう! 第2回 石橋高校生から学ぶ「石橋と馬市」

今回のシモツケ大学(以下、シモ学)は、「石橋と馬市」をテーマに石橋駅前の歴史を学ぶ授業です!
2020年10月に行われた初回シモ学の授業でも石橋駅前の歴史をテーマに学び、そのときにも出てきた「馬市(うまいち)」。この日はその「馬市」にスポットを当てて当時の物流と合わせて石橋駅前の歴史を学びました。
※馬市とは、馬を売買する市場のこと。

今回の先生は、石橋高校の歴史研究部2年生5名の生徒たちです。
県大会では4年連続最優秀賞を受賞し、全国大会にも3年連続で出場するなど、実力と実績を持つ方々です!

それでは、ここから当日の様子を紹介していきます。

この日の会場は「石橋公民館」。気温が30度を超えたとても暑い日になりました。
参加者は、若い方からベテラン世代、親子連れまで、様々な方々がいました。


会場内は緊張感が漂い、先生役の生徒たちもどこか固い様子です…!
でも発表がはじまるとそんな様子は吹き飛び、会場は和やかになりました!

授業は以下の2部構成で進められることに。
・高校生たちによる「石橋の馬市と物流」についての発表
・まちあるき(愛宕神社)

まずは高校生たちによる発表から振り返りたいと思います!

石橋高校生が石橋と馬市の関係性を研究!

馬市とはその名の通り、馬を売買する市場のことです。
研究の動機となったのは、57年前に石橋高校の社会部が作成した冊子に馬市の記述があったこと。
現在の石橋と馬市が結びつかず、石橋の馬市がどのようなものだったか研究することになりました。

馬市の記述について調査していくと、石橋高校から徒歩10分ほどの場所にある「愛宕神社」に馬市に関係している石碑があることが分かりました。


実際に愛宕神社に訪れてみると「勝善神」という石碑がありました。
※勝善神とは、神道で馬頭観音を表すという。名馬の誕生と馬の無病息災を祈るために建てられたもの。

そこで宮司さんに許可をいただき、自分たちで石碑の文字を写し取る拓本取りを実施。
(この作業で先輩が墨だらけになってしまったとのこと!高校生たちが実際に写し取った拓本も登場!)

石碑には明治38年3月18日と書かれており、盡力者の名前の欄に「戸田菊次郎」「伊澤毅一郎」といった方々の名前が書かれていました。このお二人の子孫の方々から馬市に関してお話を伺うと、海老原しげるさんという方がいることが分かったそうです。

その情報を元に海老原さんに馬市についてお話を伺うことに。
海老原さんはかつて馬宿を経営しており、馬市が終了する平成元年まで続けられていました。
そこでのお話と、いただいた資料から石橋に馬市が出来るまでの全貌が見えてきました。

地形的には交通の便が良く、土地があり、水源にも恵まれ、飼料が買い付けやすいという4点が揃っていることが、馬市が栄えた理由となっているそうです。

では、歴史的にはどうだったのでしょうか。

石橋に馬市ができるまでの歴史

江戸時代中期~末期の頃、下野市の薬師寺では馬市が栄えていました。ところが、明治18年に東北本線が宇都宮まで開通したことによって石橋の方が交通面で有利になり、石橋に少しずつ変化が生まれ始めました。

明治31年になると、石橋町を活性化するために石橋の有志による馬市開設運動が始まり、ついに明治38年に石橋馬市が開設。開設した当初は設備の不十分さや経験不足もあり、薬師寺の馬市よりも劣っていたそうです。

そうした状況のなか、戸田氏からの寄付(諸説ありますが現在に換算すると約4000万円!)により、宿舎、馬舎が建設され、石橋の馬市は年々栄えていきました。

馬市は2月、4月、10月、11月の年4回の頻度でそれぞれ1週間行われ、人出が多く、馬具屋をはじめ、たばこ屋、乾物屋、酒屋、衣料店などすべての商人が喜びました。特産品である干瓢もお土産として良く売れました。

その後、戦争の影響によって軍需が優先となり、馬市は中止となりましたが馬がよく売れていたようです。
(この時の男子生徒のだじゃれ最高でした!)

一度は終わってしまった馬市ですが、戦争後、海老原輝さんが馬市を再開させることになります。
※海老原輝さん・・・今回の馬市について取材させていただき、かつて石橋で馬宿を経営していた。

昭和30年頃には、東北本線が開通したこと、奥州街道沿いという交通の便の良さもあり、東日本一帯が取引範囲となっていたそうです。馬宿の数が減ったことや、家畜取引法が施行されたことで、馬市の継続が困難となった時期もありましたが、石橋で唯一の海老原家による馬市は平成元年まで続きました。

沢山の人たちが馬市に来たことで石橋駅周辺の経済効果は高く、現在に換算すると約2億5千万円にものぼりました。馬市は石橋を活性化させ、まちおこしにも貢献していたのです。
盆踊りの歌詞の中にも馬市のことが入っており、当時の人たちにとって重要なことだったのだと思います。

ここで石橋高校11期卒業生でもある小林さんに石橋駅周辺の馬市のことについて写真を交えてお話いただきました。(手書きの資料も配布されました)


馬宿の同級生のご家族にインタビューしてきてくださり、現在でも馬宿の家が2つ残っていること、馬市の際に馬主さんが挨拶回りをするのに駅前の酒屋さんでお酒を買ったり、お菓子を買ったりしたことなどを教えていただきました。
また、石橋駅下りホーム左側にある側線跡は、馬を貨車で下すためにあったものだと記憶しているとのことでした。

馬市から物流へ
ふたたび高校生の発表に戻ります!「物流」についての内容です。
馬以外にどのような物流の手段があったのかと疑問に思い、調査したそうです。

当時は船を利用した物流も使われていて、川には河岸(かし)と呼ばれる川の湊がありました。船着場であるため船が停泊しやすく、物資が集積する場所に設けられ、鬼怒川と田川が合流する付近に吉田河岸が存在していました。

鬼怒川を使った従来のルートは、奥州からの米などを運んでいた「大廻しルート」と、商人荷物などを運んでいた「境通りルート」がありましたが、元々鬼怒川は水深が浅く、特に降水量が減少する冬には水位がさがり舟運ができませんでした。

さらに「大廻しルート」では利根川を遡るために、時間と人足の費用がかかること、「境通りルート」では途中で馬に乗り換えて長距離の輸送をするため費用がかかり、大量の荷物を運ぶのには不向きだったそうです。

そのような問題点を踏まえて、吉田河岸から「新ルート」が出来上がることに。
効率良く物が運べるようになった反面、吉田河岸よりも下流にある河岸の仕事が減ってしまうことなどから、江戸幕府により一時排除されてしまいましたが、後に幕府より公認されることになりました。

調査の結果、同じ地域にあった薬師寺の馬市と吉田河岸の栄えた時期が共通していることから、陸揚げによる影響で馬市は生まれたのではないかと考えられるとのことでした。

まちへ出て、実際にふれてみる

ここで愛宕神社へ参加者全員でまちあるき!

到着後石碑に刻まれた文字の説明を改めて受けました。
愛宕神社はもともと別の場所にあり、東北本線の工事の際、現在の場所に移りました。
この場所は稲荷神社があり、一緒になったことから2つの神社から成り立っているようです。
参加者の方から、学校帰りに馬宿をみたことや、馬が移動する際は歩いて移動していたので自分の家の前にフンを落とされないかドキドキしていたというエピソードを教えていただきました。

再び石橋公民館へ戻る前にここで記念撮影!

戻った後は、参加者同士で今回の感想を話し合い、次回の予告をして終了となりました。

公民館へ戻る途中と、終了後に今回の先生役である石橋高校生たちに、話を聞きましたが、石橋の歴史を知ったことでまちの見え方が少し変わったそうです。駅前通りはかつて東日本最大の馬市があり栄えていて、ここ石橋もそのくらい力があるまちだと実感したとのことでした。

ユーモアを交えた発表も高校生たちで考えたものであり、発表するだけじゃ単なる学問になってしまうため、どうしたら分かりやすく皆さんに聞いてもらえるか工夫したそうです。

今回の授業で石橋駅下りホームの側線跡が馬市の名残だと知りましたが、ずっと不思議に思っていたことが解決し、より理解が深まりました。線路跡には歴史があると良く言われますが、ここ石橋にも深い歴史があったのだと思いました。

~レポートを書いてみて~

今回のレポートを担当した西村です。
シモツケ大学のことは、下野市を盛り上げる為に精力的に活動をされている先輩方のSNSより知りました。何かおもしろいことが始まりそう!といった好奇心と、自分が住んでいるまちに興味があり、第1回目からほぼ毎回参加しています。魅力はなんといっても、いろいろな方々と知り合えることでしょうか。
今では少しずつ顔馴染みの方も増えてきました。自分の子どもと一緒に参加することもありますが、皆さんとてもやさしく安心して楽しむことが出来ます!

今回レポートを書くことになったのは、シモツケ大学事務局メンバーである古河さんからのお願いでした(笑)。

お話をいただいたときは素直にうれしかったです!それと同時に自分に出来るだろうかと少し不安もありましたが事務局のサポートもあり何とか形になりました!
今回は歴史がテーマだったので、読む人にわかりやすくまとめるのが難しくとても苦労しました。

今後もレポートをはじめ、皆さんと一緒にシモ学をつくりあげていくのが本当に楽しみです!

今後ともシモツケ大学では地域を知り、地域の方々と一緒に活動していきますので、みなさんのご参加をお待ちしています!

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